小さなコトから判断コストを無くす。大きなコトほど判断コストをかけるために。すごく小さくていいんです。石鹸はこれしか買わない、とか笑。色に迷ったら赤にするとかね。結論、様々な効率が上がりますし、つまんないミスも減った感はありますね。
松浦シゲキさんの回答全文を見る 小さなコトから判断コストを無くす。大きなコトほど判断コストをかけるために。 すごく小さくていいんです。石鹸はこれしか買わ r25.jp

と、新R25のお題に答えたんですが、まあまあ「いいね」がついたのでもうちょっと書いてみます。

上記にある「大きなコト」も結局「小さなコト」の塊であることが多いわけで。どんなに大きくても素因数分解したら大したことがない。その大きなことが馬鹿でかい素数だったら、腹を括るしかないですが。

なので、仕事でもプライベートでも即座に判断できる小さなコトをたくさん用意する。判断は脳の負荷(コスト)。負荷はかけたらプラスになるような筋肉みたいなモノもありますが、基本的には摩耗してマイナスになっていきます。精神が削れるんですよ。もちろん、別の手段で挽回することはできますが、できれば摩耗はしないにこしたことがない。

例えば仕事だと最近の決め事はメールフォルダを開いたら未読/未返信を残さないとかね。終わったらアーカイブする。電話で仕事のやりとりはしない。メッセンジャーでもしない(個人の仕事は別/チームでのお仕事の場合は履歴が残らないとダメなのでメールもしくはSlackに移行する)。プライベートだと、あまり他に例がなくて大変恐縮なんですが、お土産を買わないとかね。

もちろんその判断が腐ることもある。判断の固定化が老害ともいえる。なので、たまに棚卸しはする。棚卸しは「人の振り見て我が身を直せ」が多いかな。自分と同じようなことをしてる人、もしくは自分より大きな判断をしている人を観察することが棚卸しには大事。

そういう意味で日常的なストレスってのはあまり感じなくなった。結局、判断コストが重いことが気の重さにつながるので。はい。